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横浜地方裁判所 平成3年(ワ)1002号 判決

原告

佐々木政雄

右訴訟代理人弁護士

中島修三

被告

應武恵一

右訴訟代理人弁護士

岡部玲子

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明渡し、かつ平成四年四月一日以降右明渡済みまで一か月金七万円の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

1  被告は、原告に対し、本件建物を明渡し、かつ平成三年二月一日以降右明渡済みまで一か月金七万円の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告に対し、金四〇〇万円を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、本件建物賃貸借契約は一時使用のためのものであり、平成三年一月三一日期間が終了したとしてその明渡並びに明渡済みまでの賃料相当損害金及び被告の債務不履行により原告が被った損害(弁護士費用一〇〇万円、慰謝料三〇〇万円)の支払いを求めた事案である。

一争いのない事実

1  原告と被告は昭和六二年一月二五日、次の約定で本件建物賃貸借契約を締結し、原告は本件建物を被告に引渡した。

期間 昭和六二年二月一日から昭和六四年一月末日まで

賃料 一か月七万円

特約 本物件貸主転勤の為貸すもので更新一回は確約するが、四年で終了を基本とする。その場合、終了三か月前まで貸主より借主に連絡する。

2  平成元年一月三一日、本件契約は期間を二年間として更新された。

3  平成二年一〇月一五日、原告は被告に対し、本件契約は平成三年一月三一日をもって終了することを通知した。

4  平成三年二月六日、原告は藤沢簡易裁判所に対し、被告を相手方として本件建物の明渡を求める調停を申立てたが、右調停は同年四月一九日不調となった。

5  被告は原告に対し、平成三年二月一日以降平成四年三月まで毎月金七万円を支払い(平成三年二、三月分は供託)、原告はこれを受領している。

二争点及び被告の主張

本件の主な争点は、本件契約が一時使用のためのものであるか否かであるがこの点に関する被告の主張は以下のとおりである。

1  本件契約は昭和六二年一月、原告代理人である海老名賃貸センターと被告の間で通常の借家契約として成立したが、本件特約は、その後同月二五日契約書作成の段階で提示されたものであって、本件契約の縁由を述べたにすぎず、本件契約の合意内容に含まれるものではない。

2  本件特約が合意内容に含まれるとするなら、借家法六条により無効である。

3  仮に本件契約が一時使用のためのものであったとしても、平成三年一月、原告は話合いによる解決を目指して調停を申立て、同年四月分以降の賃料を異議なく受領しており、更に同年七月には賃料を支払わないときは本件契約を解除する旨の意思表示をしているのであって、これらの事実を総合すれば、原告と被告の間では、賃貸借終了の条件についての合意が整うまで本件契約を継続する旨の黙示の合意が成立したというべきである。

第三争点に対する判断

一認定した事実

証拠(原告、被告各本人、〈書証番号略〉、弁論の全趣旨)によれば以下の事実が認められる。

1  原告は昭和六一年八月二日、自宅として本件建物を購入し、以後家族と共に居住していたが、昭和六二年一月、福岡県にある関連会社へ出向することとなり、購入したばかりの本件建物を転勤期間中賃貸することとし、その仲介を海老名住宅センター(担当松本)に依頼した。

原告としては予想される転勤期間である三年間に限って賃貸する希望を持っていたが、松本から四年間であれば仲介できると言われ、短期間の賃借人として被告を紹介された。なお、原告は手続一切を松本に任せており、後記契約締結あるいは契約更新の際にも被告と直接面談したことはなかった。

2  昭和六二年一月二五日、原告と被告の間で、賃料月額七万円、期間を昭和六一年二月一日から昭和六四年一月三一日までとする貸室貸家賃貸借契約書が作成され、特約条項として本件特約が記載された(〈書証番号略〉)。

平成元年一月八日、海老名住宅センターから被告に対し、本件契約の更新手続に関し、契約期間は二年間、賃料は据え置き、更新手数料は通常の二分の一にサービスする旨の通知が出され(〈書証番号略〉)、平成元年一月三一日、原告と被告の間で、更新貸家賃貸借契約書が作成され、特約条項に本物件契約は二年間のみとすると記載された(〈書証番号略〉)。

3  平成二年二月六日付けで、原告は福岡から神奈川に戻ることとなり、同月二〇日、海老名住宅センターは被告に対し、平成三年一月三一日本件契約が終了する旨通知し(〈書証番号略〉)、更に平成二年一〇月一五日、原告は被告に対し、本件契約が平成三年一月三〇日終了する旨内容証明郵便で通知した(〈書証番号略〉)。

これに対し、被告は格別異議を述べることもなく、転居先を探していたが、適当な物件が見つからないまま、平成三年一月二二日、原告に対し、本件建物の明渡の猶予を求める書面を送った(〈書証番号略〉)。

原告は、同月二六日、被告に対し、明渡猶予の申入れには応じられず、契約終了後直ちに明渡を求める旨の内容証明郵便を送った(〈書証番号略〉)。

4  原告は平成三年二月六日、藤沢簡易裁判所に対し、被告を相手方とする本件建物の明渡を求める調停を申立て、双方とも弁護士を代理人とすることなく明渡の条件について話合いが行なわれ、最終的には調停主任裁判官から双方に対し、明渡期限を平成三年六月末日、立退料を三〇万円をする調停案が提示され、被告はこれに応じたものの、原告は応じなかったため、同年四月一九日右調停は不調となった(なお調停の際には、明渡期間については明示されなかったとの原告の供述は反対趣旨の〈書証番号略〉の記載に照し信用することができない。そもそもこの種紛争の解決においては立退料と明渡期間は両者相関するものとして話合いがされるのが通常であって、その点からしても原告の右供述は信用し難いものである。)。

5  原告は福岡から戻って以来、本件建物に移転するまでの仮住いとの条件で綾瀬市にある社宅(六畳二間、四畳半、台所)に家族五人で暮している。

二判断

1  明渡請求について

前認定のとおり、昭和六二年に本件契約が締結された際には、本件特約により貸主である原告が転勤のため期間を区切って賃貸するものであることが明示されていたもので(本件特約が有効であることはいうまでもない。)、平成元年の更新の際にも期間は二年のみに限る旨の特約が付されており、賃料も据え置きとされたものであり、本件契約は一時使用のためのものであったと認めるのが相当である。

なお被告は、本件特約は契約書作成段階で初めて知らされたもので、松本からは四年後に必ず明渡さなければならないとの説明は受けていないと供述するが、被告は平成二年一〇月原告からの明渡の予告を受けた際にも、なんら異議を述べないまま明渡期限の直前である平成三年一月二二日、転居先が見つからないとの理由で原告に明渡の猶予を求めており、また調停の席においてももっぱら明渡の条件につき話合いが行われていたのであって、かかる被告の対応からしても被告は本件契約が一時使用のためのもので期間を四年間に限ったものであることを承知していたものというべきである。

また、原告は調停が不調となった後、直ちに本訴を提起しているのであって、原告と被告の間で賃貸借終了の条件についての合意が整うまで本件契約を継続する旨の黙示の合意が成立する余地はなく、この点に関する被告の主張は失当である。

2  賃料相当損害金について

本件建物の賃料相当損害金は毎月七万円であるところ、被告は平成三年二月以降、平成四年三月分まで毎月七万円を原告に支払い、原告はこれを賃料相当損害金として受領しており、平成四年三月末日までの賃料相当の損害は填補されている。

3  その他の損害金について

原告は調停による解決を目指しながら、調停主任裁判官の提示した調停案(本件紛争の実態に鑑み妥当な調停案であると思われる。)を被告は受入れ、早期の解決が見込まれたにもかかわらず、原告はこれに応ずることなく、本訴を提起したものであって、本訴提起に要する弁護士費用が被告の債務不履行と因果関係ある損害とは認め難い。

また、原告は、本件建物の明渡を受けられないことにより、勤務先に迷惑をかけた、家族五人で狭い住居に住み不便を感じている、原告の長男は、海老名市での高校進学が不可能になった、などの精神的苦痛を被っており、この苦痛は金銭により慰謝されるべきであるとも主張する。

そもそも建物の明渡を受けられないことにより生ずる損害は建物を使用することができないことにより生ずるものに尽き、賃料相当損害金の支払いを受けることにより填補されるものである。

被告が本件建物の明渡をしないことにより、原告及びその家族が生活上不便を感じることがあったとしても、賃料相当損害金以上に金銭による慰謝が必要な程度の損害があったとは言えず、この点に関する原告の主張は理由がない。

三結論

以上のとおり、原告の請求は本件建物の明渡及び平成四年四月一日以降右明渡済みまで一か月金七万円の割合による賃料相当損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余は理由がない。

なお仮執行宣言については相当でない。

(裁判官丸地明子)

別紙物件目録

所在 海老名市国分字北原参八六五番地壱弐・同番地壱四

家屋番号 参八六五番壱弐

種類 居宅

構造 木造瓦亜鉛メッキ鋼板葺二階建

床面積 壱階 42.55平方メートル

弐階 26.44平方メートル

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